【1 犯罪心理学が扱う範囲】
1 犯罪原因論
人はなぜ犯罪をするのか、またどのような人が罪をおかすのかといった犯罪の原因を探る領域
生来性犯罪人説(C.ロンブローソ)
骨相学:頭蓋骨のかたちと性格との関連性を探る学問
囚人の頭蓋骨、容貌、骨格などを調べ、罪をおかす者は生まれながらにしてそのように運命づけられているという説
→現在は否定されているが、犯罪研究を実証的な学問にするための礎を築いたことが評価されている
生物学的な要因の研究
・一卵性双生児と二卵性双生児が罪をおかす率を調べる研究(原因は遺伝か生育環境か)
・男性ホルモンや神経伝達物質(セロトニン)と攻撃性との関連を調べる研究
・脳の障害と性格特性との関係を検討する研究 など
犯罪者を取り巻く環境が要因の研究
・暴力的な番組や暴力ゲームで人は攻撃的になるのか
・幼少時に受けた虐待や両親の夫婦関係と犯罪との関連性
社会背景・時代背景が要因の研究
・貧困、社会格差、地域特性など
→犯罪社会学の分野で扱われていることが多い(犯罪者を取り巻く社会を研究)
2 捜査心理学
心理学の知識を利用して、犯人逮捕を支援するもの
人間行動の普遍性法則の定立を目指す心理学の地検や研究手法が役立つ
プロファイリング
犯行現場の状況や証拠、犯人の行動から犯人の属性(年齢、性別、職業など)を推測したり、犯人の居住地域や連続犯の次の犯行現場の予測(地理的プロファイリング)など
ライデティクション(虚偽検出)
容疑者が嘘をついていないかどうかを判別する
ノンバーバルコミュニケーション:しぐさや声の抑揚(周波数)など
ポリグラフ検査:呼吸、脈拍、血圧、血流量、皮膚の電気抵抗など生理学的な指標
その他の研究
・取り調べや尋問に対する研究
・人質立てこもり犯への有効な説得方法、突入タイミングの研究
捜査心理学の研究機関
警察庁:科学警察研究所
各都道府県の警察本部:科学捜査研究所
それぞれに心理学を専門とする研究員が属し、捜査心理学の研究を進めている
3 裁判心理学
裁判を有効に機能させ、被告に公正な判決を下すための研究
目撃証言の信頼性に関する研究
・記憶に基づく証言には、本人が意図せずとも誤りが含まれていることが多く、冤罪の主要な原因にもなっている。
・また目撃者が子どもである場合、証言の求め方によっては質問者の思う方向に容易に誘導されてしまう可能性も指摘
→目撃証言をいかにして引き出すか、信憑性をいかにして判断するかを研究
陪審員制度に関する研究(アメリカ)
・陪審員の選択過程に関する研究
(陪審員の人数や組み合わせ、話し合いの方法などによって最終結論はどのように左右されるか)
・陪審員や裁判官の意思決定の仕方に関する研究
(個別の陪審員や裁判官はどのような情報をもとに有罪・無罪の意思決定をするのか)
→今後の日本の裁判員制度でもこの分野の研究が増えるだろう
その他
犯罪者の精神鑑定とその責任能力を判断するための基礎をつくる研究
4 矯正・更生保護心理学
非行少年や犯罪者に対して社会復帰をうながすための矯正・更正の方法についての研究
→臨床心理学の知識や技法に基づいて、個別にアセスメントやカウンセリングを行う
法制度の変化
性犯罪者や薬物依存者などを対象に矯正プログラムの受講が義務化→グループを活用した心理療法(主に認知行動療法)
少年事件や非行少年の更生保護
・保護司や保護観察官のもと、通常の社会生活を送らせながら更正を促す方法の研究
・軽度の問題を起こしている非行少年→街頭での補導や少年相談など
5 被害者心理学
「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」に苦しむ被害者への支援に取り組む
→被害者のほか、遺族や被害者の家族に対するカウンセリング
6 防犯心理学
心理学の知見を利用して、犯罪を抑止したり減少させたりする試み
・町として犯罪を減らすためには
・自分の家に泥棒が入らないためには
・子どもが犯罪被害に遭わないようにするためには
【2 犯罪心理学とは何か】
犯罪という現象に関するさまざまな問題について審理が雨滴な方法論を用いて研究し、そこで得られた法則を司法や行政に生かしていく分野
事件のあらましがおおかた明らかになったあとで、それをつじつまを合わせながら解説するのは犯罪心理学とは呼べない
1 目撃証言の信頼性に関する研究〜実験法を用いた研究〜(ロフタスとパーマー)
実験内容
2台の自動車の衝突事故の様子を示したフィルムを見せた後、これらの自動車がどれくらいのスピードで走行していたかを推定させる。
「自動車が”接触した”際、どれくらいのスピードで走っていましたか?」という質問を
①接触した(contact)②当たった(hit)③ぶつかった(bumped)④衝突した(collided)⑤激突した(smashed)のいずれかにかえて尋ねる。
実験結果
質問に用いられた動詞の違いによって推定される自動車の速度に違いが見られ、より激しい接触をしたことを想像させる動詞を用いるほど推定される速度が大きい。
①接触した(contact)…時速31.8マイル
②当たった(hit)…時速34.0マイル
③ぶつかった(bumped)…時速38.1マイル
④衝突した(collided)…時速39..3マイル
⑤激突した(smashed)…時速40.8マイル
同じフィルムを見ても、質問の際に用いられる単語が違うだけで推定する速度が変化する。
→質問の仕方によって、目撃者の証言内容は変化してしまう可能性があることが明らかに
さらなる実験
②群と⑤群の参加者に、1週間後に「映像の中で割れたガラスを見たか?」と尋ねる。
実験結果
実際にはガラスは割れていないにもかかわらず、⑤群の30%ほどが「はい」と答えた。
②群は14%程度が「はい」と答えたが、これは統制群(特別な質問をされず1週間後に呼び寄せられた参加者)とほぼ同じ割合。
「激突した」という過激さを連想させる表現が、映像を見た人の記憶を変容させた可能性を示唆
→目撃者の記憶が、(意図的または偶発的に)与えられた情報によって変容する可能性をもつ
2 プロファイリング〜過去の犯罪事例に基づいた研究〜
プロファイリング…FBIが連続殺人事件を解決するために考え出した技術
当時収監されていた殺人犯について、犯行現場と犯人の属性に関するデータを広範囲にわたって集め、分析していくというもの
FBIの初期のプロファイリング
犯行現場の特徴と犯人像はおおむね2つのタイプに分けられる
①全般的に計画的で秩序立っているタイプ(秩序型)
=知的水準が高く社会性があり、身なりもきちんとしている
②場当たり的で秩序のないタイプ(無秩序型)
=知的水準が低く社会性も未熟で、身なりもだらしない
現在のプロファイリング(リヴァプール方式)
FBI方式は非科学的であると批判され、現在はイギリスのリヴァプール大学に在籍しているD.カンターが開発した方式がよく使われている。
リヴァプール方式(統計的プロファイリング)
収集するデータを客観的なものに限り、そのデータに対して統計的な手法を使って分析をする
→プロファイリングの手続きの中から主観的な要素を可能な限り排除
マトリックスを作成し、横軸に反抗行動、縦軸に連続殺人犯を記入し、それぞれの犯人がどのような行動をとったかをチェック
特定の行動と別の行動との共変性・非共変性を統計的に分析し、空間的にマッピングする
類似した方法を用いて、複数の事件が起きたとき、それぞれの事件に含まれる行動がどの程度重複しているかで同一犯の可能性を予測する
FBI方式=現場の捜査官によって開発
リヴァプール方式=心理学の研究者によって開発
現場に心理学が介入することで客観的なデータ収集と分析が強調
→心理学が実証性を重んじる学問であることを象徴